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三・一運動と五・四運動の真相

5月4日は1919年に北京で起こった五・四運動から100周年となる中国にとっては記念すべき日だった。

当初は韓国の三・一運動100周年とともに「反日運動に火が付くのではないか」という懸念もあったが、いざその日になると、特に反日運動が盛り上がることもなく終わった。

特に3月1日のほうは、韓国の文在寅大統領がアメリカに呼ばれてトランプ大統領と歴史的な「2分会談」で、「さとうのごはん」もびっくりだったのである。

ただし、五・四運動のほうは日本が割譲した山東半島を、ベルサイユ会議でドイツが返還する約束を反故にしたことから起こった。直接の怒りはヨーロッパ列強に向かったものである。

当然のことだろうが、韓国は三・一運動を、中国は五・四運動を国家的な出来事として高く評価している。ここの認識が多くの日本人には欠けている気がするので、私の投稿を読まれている皆さんは、ぜひ留意していただきたい。

三・一運動は、天道教とキリスト教(メソジストと長老派)+仏教の宗教指導者が先導したもので、日本からの「独立宣言」を発表したのだが、そこではなんと「非暴力・非服従」がうたわれている。

つまり、三・一運動は当初、純粋な「日本からの精神的な独立」を求めた画期的なものだった。

もともとはロシアを含むヨーロッパ列強に「日with韓・中」でなく、「日・中・韓」が対等に連携を組むことを目指してたものだ。「朝鮮の民よ、日本なんぞに頼らず、自分たちの独立は自分たちでつかもう」という意味の独立運動である。

性質が変わったのは、一部の扇動家が学生の参加を求めて「暴力的な学生運動」に変質したからだ。ここではたしかに「日本からの独立」が求められた。ただし、さほど広がりは見せず、先導者も軽い刑で済み、日本でもたいした扱いはされなかった。

例によって、一部の知識人が「事件を起こした朝鮮の民の気持ちももっともだ」と言っただけだ(いつの時代も、こういうことを言いたがる者はいる)。

現在の韓国左派はこの三・一運動を、ずいぶんと愛国な運動に祭り上げている。「これぞ反日運動の原点だ!」というわけだ。もちろん、事実誤認。私たちから見れば、韓国の精神症的反日感情の原点である。

五・四運動のほうも、陳独秀や魯迅などの優れた文人たちが思想のコアになっていたので、単なる暴力運動ではなく、あくまで中国人としてのアイデンティティを取り戻すための運動だった。そもそも中国はアヘン戦争などヨーロッパに騙されて反植民地にされたという恨みがあり、日本以上に列強を憎んでいた。

ところが、日本が当時、北京を支配した袁世凱と利権の保護し合いなどをやって、袁世凱がその後、皇帝など名乗るものだから(もちろん、日本も認めていた)、民衆は国内政治家にも日本にも絶望していた。まさに、厭世害だったわけだ。

だから、この運動はかなり思想的で、「反帝国主義運動」の色彩が強い。その点は評価すべきだと思う。

中国でもいろんな研究がなされているが、戦後になってこの運動を研究した北京大の学生たちが「五・四運動の本質」に気づいてしまった。自分たちを虐げているのは中国共産党であり、いま自分たちが同じ精神で立ち向かうべき敵は、中国共産党独裁ではないのか。

そして、それが1989年の天安門事件につながる。

だから、中国共産党は五・四運動の本質を隠蔽し、「私たちは一方的に奪われたのだから、これからは欧米や日本からいくらでも奪って良いのだ」と、現在の中国の在り方を自己正当化する道具に使っている。

「欧米列強と日本から奪われたことに反抗した運動」として、五・四運動の思想的な価値を貶めている。

韓国は過去を実態以上に飾り、中国は実態以下に貶める。この2つが両国の大きな違いであり、そのことを理解することが、これから私たちが両国に対峙するときの武器になる。

【参考文献】
時事通信
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プロフィール

白川司

Author:白川司
ジャーナリスト・翻訳家。東京大学大学院博士課程満期中退。国際関係、言語学、心理学など複数の分野に精通している。『月刊WiLL』にて連載「Non-Fake News」を執筆中。翻訳書に『クリエイティブ・シンキング入門』(ディスカヴァー・トゥエンティワン刊)ほか。

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